三河三味線と平成民謡


三河三味線

「三味線は難しい」

これ、よく聞かれる声です。



楽器に接したことの無い方々からはもちろん。

ギターなどの楽器経験がある方々からも聞かれます。




うん、確かにその通り(笑)

難しい楽器なんですよ。三味線は。


日本で生み出された素晴らしい楽器なんですが、なかなか今の時代、普及していない。

そこにはこの、難しさも一役買っているのでは?

と、この龍神斎は思ってしまう部分もあります。



けれどお立会い!

実はこの三味線。江戸時代には爆発的ブームだった事をご存知?

それこそ「町内に一軒」は、三味線教室があったと言われています。

町人から武士まで、み-んな…この三味線を楽しんでいたんですねぇ。


でも…なぜ?

難しい楽器なのに、そこまで普及したんでしょ?

不思議だと思いません?



その理由は、実は凄く簡単。

三味線の師匠が女性であることが多かったから、男衆が集まった!

いや、これも事実なんですが(笑)


実は…

当時の人達が「難しいと思わなかった」からだと思います。

とんちみたいな答えなんですが、たぶん当たってるでしょう。

その頃の人達にとって、身近な弦楽器と言えば三味線ぐらいしか無かった。

だから難しいだの何だの考えず「こういうものだ」と取り組んだわけです。




ではでは…

なぜ、現代の楽器愛好家達からは「難しい」という声が出るのでしょうか?

色々これも理由はあるんでしょうけど。

アタシはここで、ギターの存在を考えてみました。



いえ、ギターだって決して簡単とは言いませんよ。

でも三味線よりは身近で、割と安価でで手に入るし、とっつきやすい。

それにギターは、ちょっとコツを覚えると、それなりに弾き語りもできてしまう。

そう!この「弾き語り」っての、ポイント高いと思いました!



弾き語りができると、何て言うのかなぁ…一人で弾いてても、それなりに満足感があるんですよ。

難しいメロディーやら速弾きやら、そんなのできなくても

「オレってすげぇ!」って気分になれる(笑)


いや、この「気分」ってヤツが大事なんですよ!

何事においても、まずは楽しくなくちゃね




さて、ギターの弾き語り

これは左手でコードを押さえて、右手でジャカジャカ弾いて歌えば「だいたいOK」!

「とりあえず雰囲気が出る」。

ここもポイント!



三味線は日本音楽独特の「不側不離」の法則でして、歌メロとほぼ同じメロディーを弾きながら

歌う。


ここが難しいんですわ!

バンドで言えば、リードギターを弾きながら歌うようなもの。

あるいはベースを弾きながら歌うのも、これに近い。



どっちかと言えば少ないでしょ?この両者は。

だって難しいもん!!(笑)



ならば!この壁を何とかしよう!!



三味線もギターのように「コード弾き」できるようにしよう!



この発想から考え出されたのが、オープンチューニング、コード弾きの「三河三味線」です。

この名称は、アタシの住んでる愛知県三河地方と、三味線の三本の糸を河になぞらえて付けてみ

ました。



三河三味線は、たった二つのコードフォームを覚えて練習すれば、ある意味ギターより簡単。

…かもしれません。

もちろんこれ、沖縄の三線にも応用できます!

そして、当たり前ですが、普通の三味線と同じ奏法も可能です。



ただし、なにしろ三弦ですからセブンスコードを始めとする「四和音以上」のコードは厳しい。

まぁ、でも細かいことは気にしない!

気軽に日本の雰囲気で弾き語り。あるいは作曲ができればOK!

三味線で無理してジャズをやらなくても良いんだしね!いや、できない事はありませんが…

それよりも!

三味線は日本の音。日本のアイデンティティー。

それを活かせる音楽に取り組めば良いんですよ。

三味線は「大和魂に響く音色」なんですから!




遥かな昔・・・



遠くアジアの西で生まれた弦楽器。

やがてそれはシルクロードなどを経て、姿を変えつつ琉球に辿り着いた。

それが三線。



その三線が琉球から本土に伝えられ、より日本人好みに改良され、やがて三味線が生まれた。

そして500年ぐらい。



その間、様々な流派、奏法が生み出されてきました。

もちろん三味線本体も「細棹」「中棹」「太棹」と、開発されてきました。





ならば。

平成の今。

新しい奏法。

新しい三味線音楽が生まれても、なんら不思議は無いでしょう。




三河三味線は、こうして産声を上げたのです。


平成民謡

「民謡」と聞くと、それだけで古臭い雰囲気を感じる人も多いのでは?

けれど、この民謡と言う言葉自体は、決して古いものじゃござんせん。


実は「民謡」という言葉自体ができたのは明治時代。

外国から入ってきた「フォークソング」の訳語としてできたそうです。


え?古いって?



いや…

……ジュラ紀に比べたら、ずっと新しいでしょ! ね!ね!



いやいや、それはさておき。

民謡の歴史そのものは、遥か昔からあるわけでして(さすがにジュラ紀ではないが)。

その歴史の長さに比べたら、明治時代に名前が決められたってのは、まだ新しいのです。

その遥か昔から伝えられた民謡。

現在どれくらいあるかご存知です?


なんと!

6万曲近くあるんですよ!

これは日本の文化財産と呼んでも過言ではない!


そのほとんどは、民衆から自然に発生してきた唄。

いわゆるプロの作曲家とかアーティストとかプロデューサーとか…

そういう方々が営利目的で作った楽曲ではなく、民衆による民衆の為の民衆の唄。

そういうものだそうです。


日本人は本当に唄が好きなんですね!


こうして民謡は受け継がれ、伝統になった。



でも…ちょっと思った。

確かに日本の文化的財産である民謡を、受け継いでいくのは大切なこと。

しかし、ここらで「新しい伝統」を創始していく人間が出てきてもいんじゃないか?

受け継ぐことは大切。

でも、創り出すことも大切。


よっしゃ!やってみよう!


そんなわけで、この龍神斎。

自分が今まで関わってきた音楽の集大成として、民謡を創ってみようと思いました。






新たな時代の民謡。

今から始まる伝統。


これをして「平成民謡」と、名付けた次第でございます





なお、平成民謡風流院は、柔技整体風流院に属しております。

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